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百武日記

自信がない人が自信を持って生きるためにはどうすればよいか。日々考えたこと、学んだことを記録し、自分の武器にする。

嫌なやつが許せない 「人間を磨く 人間関係が好転するこころの技法(田坂広志)」

人生の中には、自分にとって嫌な人との出会いがある。

逃げたしたくなるほど過酷だった上司、

仕事のミスで何時間も罵倒された顧客、

信じていたのに裏切られた親友、

相続の問題で骨肉の争いとなった親戚・・

人生には、自分の非を認めるどころか、

何年たっても相手を許す気になれないような人との出会いがある。

 

そうした出会いに対して、著者は「それでも許すべきだ」と言うつもりはないという。

どうしても「許せない」「自分の非を認められない」という心境で

人間関係に苦しんでいるとき、どのように対処すればいいのか。

これは、相手を「許せる」「許せない」という問題で考えている限りは、

いつまでたっても解決しない。

 

人生には、過去の「不幸な出会い」と思えるものが、

実は「意味のある出会い」「ありがたい出会い」だったと気づくときがある。

それは、次のように考えることで気づける。

 

「いま、何を学べと言われているのか?」

 

相手との出会いの意味を考えるとき、

「相手を許せる、許せない」といった次元を一つこえて考えることができる。

 

私自身も振り返ってみると、

「そんな言い方しなくても・・」というような怒り方をしてくる、

厳しい上司がいた。

しかし、考えてみるとその上司の元で働いていた時が一番成長出来たと思う。

厳しい上司は、少し調子に乗っている自分の未熟さを教えてくれるものだ。

 

「嫌だなあ」と思うような人との出会いにも、必ず意味がある。

その意味を知るためには、その出会いに「正対」しなければならない。

その出会いから目を逸らさずに向き合った時に、

初めてその出会いの意味に気づける。

 

我々は、ともすれば人生の出会いを「幸福な出会い」「不幸な出会い」に分類し、

前者にだけ価値を求め、後者に価値を認めない傾向にある。

だから、「不幸な出会い」に対しては、なかったものにして

「出会った」という事実に正対せず、その意味を考えようとしない。

しかし、「不幸な出会い」に対しても意味や価値を見出そうとすると、

「人生の解釈力」ともいうべき力が備わる。

その力が備われば、

どんな苦しい経験があっても、自分の成長につながるものを発見できるようになる。

自分にとって嫌な人は、自分に何かを教えてくれる人かもしれない

 

この人との出会いを通じて、

この苦しい体験を通じて、

いま、何を学べと言われているのか?

そう考えることで自信につながるかもしれない。

 

本日の武器「いま、何を学べと言われているのかを考える」