百武日記

自信がない人が自信を持って生きるためにはどうすればよいか。日々考えたこと、学んだことを記録し、自分の武器にする。

「飲む・打つ・買う」を通して人間性を磨く 「身体は何でも知っている(三枝誠)」 

人間関係とは結局のところ気の交流である。

人との付き合いは「気を使い」、「気を配る」ものである。

一見合理的に行動してそうな現代の若者ですら、

携帯に来たメールにどれだけ早く返すかで友情の度合いが決まるそうだ。

つまり、人間関係の維持とはどれだけのエナジーを相手に使ったかによる。

だから人間関係をうまくやっていくには、どれだけ気を使っても、

気疲れしないだけの「気」のエナジーを蓄えておく必要がある。

 

昔から気は「腰」や「肝」に溜まると言われている。

この腰と肝を鍛えて、「肝の据わった男」になるためのノウハウがある。

それが昔ながらの「飲む」「打つ」「買う」である。

もちろんやみくもに「飲む・打つ・買う」に興じても身を滅ぼすので、

正しいやり方で興じなければならない。

 

手裏剣を投げることを「打つ」という。

手裏剣は実際には星形ではなく、棒手裏剣が主流だった。

そこで「打つ」とは「腰で打つ」という意味になる。

棒手裏剣は腰で打たなければささらない。

和太鼓も「打つ」というが、これも腰で打たなければ響かないのだ。

囲碁や博打も打つというが、これらは頭で考えるのではなく、

肝を据えて身体で反応しろ、ということだそうだ。

私なりに解釈するならば、本腰を入れて何かに打ち込むこと、

これが「打つ」ことである。

 

「買う」とは「娼婦を買うこと」である。

ただし、江戸時代において遊女は現代の風俗嬢とは少し趣が異なる。

吉原には3000人もの遊女がいたそうだが、この中には「太夫」と言われる

100人に満たないほどの選ばれた高級娼婦がいたそうだ。

この太夫を抱けるのは特権階級だけと決まっていた。

しかも太夫を指名しても初回は顔さえろくに見てもらえない。

一度目を「一見」、二度目を「裏を返す」、三度目で初めて「馴染み」になれる。

しかも、気に入ってもらえないと一線は超えられないというシステムだった。

 

太夫から認められるには、「気風(きっぷ)」や「気前」がよくなければならない。

太夫を目の前にして卑屈にも傲慢にならず、自然体で振る舞える男性でなければ、

そもそも二度目、三度目はなかったそうだ

「腰抜け」や「腰砕け」、「腑抜け」では話にならない。

まさに男を磨く世界であって、このような世界を通じて腰や肝を鍛えていった。

つまり「買う」とは、いい女に対して自然体でいられるほど男を磨くことだ。

 

最後に「飲む」。これも実は腰を鍛える効果があるそうだ。

酒を飲むことによって、ストレスによって生じる筋肉反射で硬くなった無駄な

筋肉の緊張がとれ、腰の周りのインナーマッスルが鍛えられるのだ。

そうした物理的な効果もあるし、

単に飲めたほうが人間関係も円滑になりやすいというのもあるかもしれない。

別に体質的に飲めない人でも、飲めないなりに人の酒に付き合うことで、

深い話もできるという側面もあると思う。

本音が言える場を通して、人付き合いが深まる。

ただし、飲みすぎはいけない。

 

人間関係を維持するには、どれだけ人に「気を使う」かがポイントである。

人に気を使えるためには、気力溢れる人間にならないとすり減ってしまう。

気力を溜めるには、腰や肝を鍛えることである。

そのためには「飲む・打つ・買う」が効果的である。

酒につきあって本音を交わし、本腰を入れて何かに打ち込み、

いい女に対しても自然体でいられるほど男を磨く。

そこから自信につながるかもしれない。

 

本日の武器「飲む・打つ・買うを通して肉体的/精神的な腰を鍛える。」